45.集団のなかでの個の尊重

就学や,その先の社会参画へのつながりに鑑みても、集団での活動ができ、それを楽しめることは大切なことです。一方で、それぞれが独立した個であり、それぞれの考えをもっていることを理解し、それを尊重できることも、安定した自我の形成に向けた大きな課題となります。自我の独立性と個別性を自覚することで、自主性や自律と自立の精神が育まれるとともに、豊かな心情や情緒の安定につながるでしょう。またなにより、自分と同様に他者にも固有の自我があることを解し、他者を大切にする心や協調性につながっていくでしょう。
集団の中で、個が尊重されるためには、まずは一人、あるいはごく少人数でいられることが大切です。一人でいられる場所があること、一人でいるようにデザインされた場所があることは、一人という活動単位を自然に促し、またそれが他者の目から見ても自然に写ります。「一人でいること」は、時には当然のことなのだ、としてこどもや保育者が受け入れられる環境設定は、個別の活動や滞在、個が尊重される土壌づくりをサポートします。

保育室でみんなが着替えをしている時間帯に、保育室の外のテラスで、ごろごろと一人遊びをしている場面です。この時期、この子は集団遊びも楽しみますが、基本的には「一人でいたい」時間が長いこどもでした。保育室やクラスという集団単位から離れて、一人でいられること、一人でいられる場所があることは、このときのこの子にとってとても大切なことでした。なお、1年後に再訪した際には、この子はより集団遊びを好むようになっていました。ときに、一人でいることを社会性の欠如の兆候と見なして、無理にでも集団に入れることが大切だと考える保育者や保護者もありますし、そうした面も一方ではあるかと思います。しかし、自我の形成のプロセスに多様性を認める考え方も大切ではないでしょうか。

(あけぼの幼稚園)

[②気持ちの切り替え空間]や[③小さな居場所]なども参照してください。集団とつかず離れずの距離で、こどもが一人やごく少人数の集団でもいられる環境づくりは、こどもたちの発達や心のあり様、あるいはその時々の気持ちの状態の多様性をそのまま認め、受け止める土壌となります。

*園のご要望により、加工しない写真を掲載しています。

この園では毎年、それぞれのクラスで発達に合わせてひとりひとつずつ,鯉のぼりをつくる活動をしています。こうした活動は一例ですが、制作のときには,みんなでいっせいにつくるのではなく,自由遊びの時間に,数人のこどもが保育室で制作に取り組むようなやり方をしています。写真の場面では、できあがった鯉のぼりを揚げるためにロープに鯉のぼりを取り付けているのですが、これも「まとめて」ではなく,1人ずつです。1人の鯉のぼりができあがると,こどもたちが制作場所である保育室から駆けだしてきて、近くにいる保育者に声をかけます。そのたびに保育者はロープを下ろして,できあがった鯉のぼりをつけてまた揚げます。一人ずつの掲揚式のたびに,できあがった鯉のぼりを見に,周辺のこどもたちが集まってきます。それは1人ひとりにとって,どれほど嬉しく,誇らしい瞬間でしょう。
このように、物理的な環境のみならず、例えば作品の制作プロセスやその展示・発表といったソフトの環境においても、個を尊重する保育が多くの園で取り組まれています。