住まいづくりの支援者から
- 2026年2月24日更新
視覚障害者の空間認知や環境カスタマイズツールの開発に携わってこられた日本女子大学の平井百香先生に、視覚障害のある方にとっての住環境づくりのポイントをお聞きしました。

―――平井先生はどうして視覚障害のある方にとっての環境に関する研究に取り組もうと思われたのですか。
もともと祖父が視覚障害を持っていたのが、視覚障害者の方の空間認知に携わりたいと思ったきっかけでした。住宅に着目した調査を展開してきたことも、祖父と暮らしていた経験からです。家の中に着目した研究はまだ進んでいない実感もあったので、さらに研究を発展させていくことを展望として取り組んでいます。自宅は環境の作り手がそのまま使い手になるというかなり特殊な環境なので、与えられた環境の中でどう行動しているかということではなくて、自ら環境をカスタマイズされているというところに焦点を当てて、自宅の環境構築の工夫をみていくことにしました。
―――ご自宅では、具体的にどのような環境づくりがされているのでしょうか。
まずは、こちらの住戸(図1)での工夫をご紹介します。家具配置を見てください。

こちらにお住まいの方は、美術大学の木工学科を卒業され社会人経験を経て、中途失明された方でした。それまでの経験から、デザインのリテラシーや家具に対する造詣も深いので、失明した後にご自身でプランニングを行ってご自宅をリノベーションされたという特徴があります。
まず2DKだった左の間取りをワンルームへ変更して、収納を全部壁沿いに設けることで、歩行時の障害物を減らした点がポイントです。このオレンジの矢印のラインをずっと片手で触りながら移動していきます。壁の一面を、収納、机、キッチンというふうに、連続的に触覚できるように配置されています。
この方の工夫からわかるように、動線確保を優先して家具などを配置していき、触覚を基準に環境をデザインすることが、視覚に障害のある方の住まい整備のポイントの一つです。
つづいて、今度は簡単に動かせる物(非固定要素 注)の配置をお見せします。
住戸b(図2)の台所では、この手前のフライパンを料理の時に一番よく使うそうで、使用頻度の高いものを手前側に配置されていました。また、住戸b・cでは、机などの天板の縁沿いにあえて物を並べるという工夫もみられました。机の奥に物を置いてしまうと、そこまで手を伸ばして触りながら物を探さないといけないのです。手前側に並んでいれば縁を見つけたらすぐ手に取れるということで、このような置き方になっています。これは、物を探す時に手で触る範囲が最小限となるような工夫です。

他にも、食事の時には食器を見失わないように、おぼんの上にポットやカップをまとめて置いている方が複数いらっしゃって、おぼんを使って触覚的な領域を明確化していました。ちなみに私の祖父も、今思えば全部どんぶりご飯にしていたなという記憶があります。多分、食器の小鉢がたくさん並んでいるような食事の環境は視覚障害者の方は苦手で、食事中のテーブルの環境がシンプルになるようにしていたことを、この調査を通して思い出したりしました。
―――ご自宅での環境づくりのエピソードが豊富で驚きました。どのようにして、こうした詳しいご自宅の環境や環境づくりの工夫についてお話を聞いていったのでしょうか。当たり前に暮らしていると、住まいの環境についてなかなか意識にのぼりにくいように思うのですが…
この調査では、視覚障害系のイベント団体にインターンで参加していたときに親しくなった方々に協力を依頼しました。インターンのときから私は視覚障害のある方の空間認知について知りたいと話をしていたので、そこに興味を持った人が協力者になってくれました。デザイン等の経験がある方は、かなり明確に意図を説明されましたが、全員言語化が得意なわけではないので、会話の中で「なんでここはこうなっているの?」「調理器具の使用頻度で一軍はどれ?」のように、生活に関する質問からいろいろお話を引き出すように進めていました。調査にご協力いただいた方々は、元々環境や家具デザインに感度が高い方が多かったかもしれませんね。
また、協力してくださった方にはひとり暮らしの方も多かったです。ひとりなら、自宅内の環境を自分の意思で変えやすい面はあると思います。ご家族と一緒に住んでいると、自分がいい暮らしと家族がいい暮らしが、違ってくることがあります。ご夫婦ふたり暮らしの事例では、包丁の置き方がネックになると聞きました。一度けがしたこともあるそうです。
―――自ら住まい整備を意識的に進めていく方もいらっしゃいますが、デザインへの関心やリテラシー、世帯構成などによっては、ご本人に合った住まい整備が難しい場合もあることに気づかされました。
―――つづいて、ここまでうかがってきたご本人が行う環境づくりの調査成果をもとにされた、環境カスタマイズツールの開発について教えていただきたいと思います。どのようなツールの開発に携わってこられたのでしょうか。
さきほど視覚障害の方がテーブル上の物を手探りで把握し、物の位置を見失わないように、おぼんの上に食器をまとめて食事をする工夫をご紹介しました。おぼんというのは毎回位置が変わってしまったり、動いてしまったりもするので、おぼんという足し算のデザインではなくて、引き算のデザインで、テーブル表面に触覚的なクレーターの手掛かりをつけたらどうだろうということでテーブルを開発しました。


obon table(オボンテーブル)と名付けています。ひっくり返すとフラットのテーブルになっていて、リバーシブルのデザインです。この両面を使ってインスタントコーヒーを作る行為を実演してもらうという実験を行いました。
テーブルを使う人の腕の可動域に注目しますと、両腕の可動域の重なる範囲と腕の可動域の範囲以外になる場所がテーブル上にできてきます。ここへの物の置き方を見ていきます。
普通のフラットのテーブルでは、両腕の可動域の重なる範囲から外れるようにケトルが置かれていて、ケトルという危険な物をあえて手の届きにくい場所に配置するという工夫が見られました。また、見え方の違いとして、全盲の方はロービジョンの方に比べて両腕の可動域の重なる範囲内に物を集積する傾向があることがわかりました。
これがobon tableを使うとどう変わるかというと、まず青い範囲の腕の可動域の範囲外に物を配置している方が増えました。(図3)

全盲の方では、この赤いゾーンの外に置かれた物が増えていて、身体を基準とするだけではなくて、環境の手がかりが追加されたことで、腕の可動域の範囲外にも物が置きやすくなっているということが分かりました。テーブル天板のクレーターは、物の配列に予め構造を与えたものだと位置付けることができると思います。一方で、クレーターを無視して物を置き、両方のテーブルで自身の配置を維持した方がいたことも重要だと考えています。
もう一つご紹介します。「ココテープ」は、気軽に使える環境カスタマイズツールとして開発したものです。

点字ブロックですと設計者側が設置の仕方を決めるので、当事者がデザインに対して受け身にならざるを得ないという課題があります。そこで、視覚に障害のある方が必要な場所に必要な時だけ自分で貼れるツールをコンセプトに開発したのが、ココテープです。鞄に入れて持ち運べるサイズ感を重視していて、たとえばホテルの廊下でたくさんドアが並んでいる時に、自分の部屋のドア前に貼って使ってくださった方もいます。職場でも自分のデスクに向かう経路に貼ってくださったり。慣れてきて不要になれば剥がすことも簡単なので、熟達度に応じて、要らなくなったら剥がすことが気軽にできるようにしています。ほかにも、新幹線で貼りたいとおっしゃる方もかなりいましたね。新幹線でトイレに行った後、座席に1つずつ触りながら、座席の数をかぞえて自分の席まで戻っている状態だから、足元にちょっとその時だけ貼らせてもらえたらという声が多かったです。
―――確かにテンポラリーに使えて、運べるっていうのが素晴らしいですね。
そうですね。避難所などにも常備してほしいと思っています。
―――平井先生の開発されたプロダクトは、視覚障害のある方の生活に寄り添っていて馴染みやすい印象を強く受けました。開発プロセスに当事者の方が参画することはあるのでしょうか。
obon tableの方は、視覚障害のある友人に、「こういうものを作ろうと思っているんだけど、どうですかね?」といったヒアリングを一度させてもらいました。
ココテープの方は企業の製品として販売するものでしたので、途中の段階で実証実験として16名の視覚障害者の方にご協力いただいて、定量的な評価を行いました。今48ミリ幅の製品ですが、当時48ミリ、60ミリ、76ミリといった3パターン程度の候補から幅を評価するプロセスを挟んでいます。また、グループインタビューで、この製品をどういう風に使ってみたいか、コンセプトに共感いただけるかを聞き取りました。こちらとしては持ち運びのしやすさも重視したかったので、幅の下限値がどこまでなのかといった視点でも検討しました。
―――環境カスタマイズツールの開発では、当事者目線での意見聴取や評価と併せ、製品コンセプトとすり合わせていくプロセスも踏まれていくのですね。
―――ここまでのお話から、住まい環境への必要な工夫は常に同じではなく変化しうるということが、実際に暮らし続けていくことを支える上で非常に重要な観点だと感じました。ただ、そうしますと住まい整備の取り組みの評価はどうしたらよいのでしょうか。
ある環境デザインの評価は、一概には難しいですね。安全性だけであれば評価しやすいのかもしれませんが。安心安全と、快適性とでは求められることが違うと思います。
たとえば生活しやすさという観点でしたら、ご協力いただいた当事者の方がおっしゃっていたのは、「その場所で何かイレギュラーなことが起きたとしても、なんとか対応できるようになっていればいい」ということです。間取りや家は住みながら変わっていきますから、完成形というのはないかもしれません。ですが、何かトラブルとか特別なイレギュラーが起きてもなんとか対応できる状態が一つの完成形ではないかと、その方は教えてくださいました。
―――自分が適応できるかを基準にして、固定した状態を目指さないという考え方ですね。当事者の方と一緒にある程度リスクも受け入れながら、良し悪しの落としどころをつけて評価することの意義深さを感じます。
―――最後に、これから環境づくりを行おうと思っている方、視覚に障害のある方にとっての住まい整備に関心を寄せてこのサイトに訪れた方へのメッセージをお聞かせください。
視覚に障害のある方の住まい整備では、これまでの生活歴とこれからを、どう繋いでいくかという視点が大切だと認識しています。もしかしたら急に病気になって、これから新しい感覚を使って、生活環境を見直していかなければならない方もいらっしゃるかもしれません。その方々の生活歴や、暮らしの中で大事にしていることをうまく引き継ぎながら、次の環境を考えていくところで、私の研究が何かお役に立てれば嬉しいなと思っています。生活の中で変えたくない小さな家事のルールや守りたい暮らし方があって、じゃあそれに合わせて環境をどうカスタマイズしていこうかと話した方が、暮らしや住まいの整備を前向きに考えられるのではと思っています。
2025年12月25日(木)
注)環境の見方
A. Rapoport (2006) 構築環境の意味を読む,彰国社 による環境要素の区分
- 固定要素:建築(壁、柱など)
- 半固定要素:家具(テーブル、棚など)
- 非固定要素:もの(ゴミ箱、本など)
平井先生の調査では、これらの環境要素を組み合わせながら空間が作られているということを手がかりに各自宅を観察した。
話し手
平井 百香(ひらい ももか) 一級建築士/博士(工学) 東北大学工学部建築・社会環境工学科卒業。同大学大学院にて博士(工学)の学位取得後、日本女子大学建築デザイン学部建築デザイン学科助教に着任。独立行政法人都市再生機構や国立障害者リハビリテーションセンター研究所での勤務も経験している。自身の祖父が視覚障害者であったことから、空間認知特性が異なる方々の生きる世界に興味を持ち、研究と建築・家具・プロダクトデザインの活動を行っている。